Green Magic〜草食系ドクターの恋〜
隙がない人かと思いきや、こんな面があるのかと嬉しくなった。
僕は、熊谷さんの邪魔をしないように、小説を読み始めた。
今読んでいるのは、ミステリー作家の斉川サトシの『タイムリミット』で、ちょうど半分位読んだところだった。
あまりにも集中しすぎていて、熊谷さんが近づいてきているのにも気付かなかった。
「先生、今、ご質問よろしいですか?」
「あっ、はい。大丈夫です。こちらへどうぞ」
熊谷さんを自分の隣に座るように促した。
「あの・・・こちらの患者さんの症状は、お薬を飲みきって回復としてよろしいでしょうか」
「そうですね。大丈夫です」
「ありがとうございます」
5症例分の質問を受け、熊谷さんは作業に戻るものだと思った。
しかし、すぐには戻らず、「何を読まれているんですか?」と聞いてくれた。
「これですか?斉川サトシの『タイムリミット』というミステリーです」
僕は、表紙を熊谷さんの方に向けて応えた。
「あっ、先生、斉川サトシさんお好きですか?」
先ほどのクッキーの時のように目を輝かせていることに驚いた。もしかして・・・?
「はい・・・熊谷さんもですか?」
「はい。タイムリミットも読みたいと思っているんです」
「そうですか。では、お貸ししましょうか?次回来られる時までには読み終えると思うので」
「本当ですか?」
更にテンションが高くなった熊谷さんは、これまでよりも若く見えた。
「はい、いいですよ」
「ありがとうございます。あっ、でも私・・・公私混同してますよね」
こういう真面目な部分はイメージ通りだ。
「僕は気にしませんよ。でも、内緒にしておきます」
「内緒でお願いします」
はにかみながら言う彼女に目が釘付けになったのは言うまでもない。
ベタな話だが、二人だけのヒミツに、ドキドキしてしまった。
僕は、いったい何歳なんだ・・・。
甘い物が好きで、好きな作家も同じ。
もっと知りたいと思ってしまう。
こんな気持ちを持ってしまって良いのだろうか。
加奈の顔がチラチラと浮かんでくる。