どうしてもママ、子供のまま。
「起きろー」
『ん…』
聞きなれた低い声で朝を迎える。
隣にあった時計の針を見ると、6時、をピタリと指していた。
ぼやけた視界で、辺りを見回す。
私が眠っていたのはベッド。
その隣には、佑の姿はなかった。
…ってことは、さっきの低い声は、佑?
なんでこんな早くから起きてるんだろう?
いつもなら私が起こしても何しても起きない佑が、今日は人が変わったように生活リズムを変えた。
リビングに行って、キッチンに立つ色素の薄い茶髪を見る。
『おはよ、佑』
「おう、おはよ」
佑は、キッチンでお湯を沸かしていた。
「おれもさっき起きたばっかなんだけどさ」
『あ、そうなの?早起きだね』
「今日から出勤だろー。気合い入ってんの」
佑はやかんだけに目をやりながら話した。
ちょこちょことサイドについた可愛い寝癖。
コーヒーカップにお湯を注ぐと、目の前の佑を覆うかのような濃い湯気が出てきた。
『私もアップルティー飲みたいな』
「りょーかい」
私はリビングのソファにお尻を休ませる。
リモコンの赤い部分を押すと、テレビの液晶は色めき出した。
この時刻はやっぱりニュースだもんなー。
まぁさすがにこんな朝早くからバラエティ番組を流す放送局なんてどこもないと思うけど。
キッチンから佑が出てきた。
手にはカップが二つ。
どちらからも、佑を覆うかのように湯気が追いたてる。
アップルティーを淹れたティーカップを私の前に差し出してくれた佑。
私はありがと、と言って、ティーカップを受け取る。
二人で黙々と、つまらないニュースを見ていた。
「朱美」
『ん?』
口にコーヒーカップを添えながら、ニュースに目をやって話しかけてきた佑。
私も視線はそのままニュースで、佑に返事を返す。
「腹痛」
『?』
「おまえも今日から出勤だろ?出勤中腹痛くなったら、おれ呼べ」
『…あ、うん…でも、』
「いーから。おれ、おまえが辛いとき側に居れねえのが、すげぇ辛い」
いつのまにか、佑の目線は、真っ直ぐ私を見ていた。
私の返事を待つ様子もなく、佑は続けた。
「おれ、おまえの彼氏だろ?もうすぐおまえの旦那になる身だし。おまえばっかり腹痛めて、そんなん不平等だろ」
今そんなこと言わないでよ。…
目の奥が、ジン、と熱くなる。
「おれ前おまえに、痴漢魔のことは忘れろって言ったよな?あれ、自分で言っときながら、おれ全然忘れられなくてさ」
「だって朱美のこと傷つけたんだぜ?」
私は佑と目を合わせられなくなっていた。
目から…ナミ…いやいや、水があふれてくる。
佑は、服の袖で私の涙を拭きながら、続いて話してくれた。
「例えば朱美の中で生きる子どもが、俺との子じゃなくても、おれ気にしねーし。おまえのために、おれ、命張るから」
あぁ…もう。
なんていいひと。
いまから出勤なのに。
涙で、まぶたが重たいよ。
佑は、ぎゅーって抱きしめてくれた。
「頑張れよ、ママ」
『…ありがと……ぱぱ…、」
佑が私を〝ママ″と呼んだ。
私が佑を〝パパ″と呼んだ。
ねえ、聞こえてる?
私のお腹で生きる、まだ名もない貴方へ。
わたしたち、いろいろ分からないことだらけだけど、頑張るから。
貴方のために、命をかけます。
聞こえてるかな………。
私はお腹をさすりながら、佑としばらく寄り添っていた。