どうしてもママ、子供のまま。
出勤
『えと…今日からこちらに努めさせていただきます…櫻井朱美です』
「きゃあ!かわいいっ!」
「声綺麗ねぇ!」
ここは、コールセンター本部の事務所。
あいさつをするなり、休憩中の社員全員に迎えられる。
そして、チヤホヤ…される。
奥に腰掛けていた、ロングヘアーの歳そうな女性が、私の目の前で止まった。
「こんにちは。櫻井さん。私、峯岸さと子(みねぎし さとこ)っていいます。ここの…」
「誇るべき社長さんよー!」
後ろにいた社員が、キャッキャしながら言った。
…へぇ、この人社長さんなんだ。
「ん、まぁそういうわけだから。よろしくね。あなたの席は左奥真ん中ね」
『あっ、はい、ありがとうございます』
ニコ、っと笑った峯岸社長。
私はお礼を言うと、その横をすり抜けて、支持された席に向かった。
席に座るなり、隣の優しそうな人が、私に声をかけてくれた。
「よろしくね朱美さん。私、南条このみ(なんじょう このみ)って言うの、好きなように呼んでね」
『こっ…このみさんっ……よろしくお願いします…』
「ふふ、可愛い。さっそくなんだけど、そろそろ出勤よ、行きましょう」
私はこのみさんの後に続いて歩く。
このみさんが歩く後ろは、なんだか偽装すぎないいい香りがした。
どうやらこの会社は、電話を受ける場所と、荷物を置いたり打ち込み作業をしたりする場所とでは部屋が違うらしい。
私は、初日からと甘みず、容赦なく働こう、なんて考えながらこのみさんの後に続いていた。
すると。
社内放送がなった。
《櫻井朱美さん。櫻井朱美さん。社長がおよびです、社長室までお越しください》
…え、私?
きょとん、とする私。
少し前を歩いていたこのみさんが、振り返って言った。
「多分、お仕事の依頼だから大丈夫よっ。そんな硬くならないでね。社長室はこの階の奥にあるから。出勤室はすぐそこだからね。頑張って!」
口早にこのみさんが、場所の指示をしてくれる。
「頑張って!」の言葉と同時に、私のお尻を優しくペン、と叩いた。
『あっ、はい、ありがとうございます!』
私はこのみさんに急いでお礼を言って、指示された社長室に向かう。
サイドポニーヘアーの優しいこのみさんは、私に手を振って見送ってくれた。
私は長い廊下を小走りで掛ける。
着慣れない社内制服と、ヒール。
社内で規定された黒いヒールは、いつも私が履くようなのとはヒールの太さが桁違いだった。
爪先痛い…
社内制服も、胸元がキツイ。
私は廊下の奥まで走った。
ついたのは、目の前に、白いプレートで「社長室」と書かれた部屋。
二回ノックして、私はドアノブを引いた。
『失礼します』
社長室を見渡すと、大きな部屋にひとりぽつん、と、何枚かの書類とにらめっこする峯岸社長が居た。
私は社長に駆け寄る。
『峯岸社長…なんでしょうか?』
「あら、早いのね。これ見てちょうだい」
私は、目の前に提示された一枚の紙を見る。
そこには、〝社イメージモデル応募書″と書かれていた。
『イメージモデル…?』
タイトルを読み上げると、前髪を後ろに流して、峯岸社長は続けた。
「ええ。この会社のイメージモデルよ。このコールセンターをもっと雰囲気をよく見せるためと、もっと専属のコールセンターを依頼してもらえるように、広告を作るの。そこでね、イメージモデルっていうものを車内で募集してるの」
私は相槌をうつも、何を言ってるかはさっぱり謎だった。
峯岸社長は、そのまま続けた。
「うん、でね。この会社では今、4社の専属コールセンターを担当してるの。化粧品会社と、お悩みコールセンターと、あとは通販会社2社。もっともっと我が社を繁栄させていきたいの」
『…ほう…』
「それで、ここの会社の雰囲気をよくするためのパンフレットを作ることになってね。そのモデルを、あなたにやって欲しいのよ、櫻井さん」
『……はい…………って、え?』
んと、、モデル?
私可愛くないし、豚足短足なのに。
「これは第一次審査と第二次審査とあるんだけど、私の推薦だから第二次審査か
通れるわ」
『そうなんですか…』
「やってみてくれるかしら?あなたのその容姿なら、きっとなれるわ」
『…ん、…わかりま…した…』
なんのことかよく理解できなかった。
…が、ほぼ峯岸社長がやってくれる、とのことで、受け入れ…てしまった。
モデルか………無理だ。
けど、なんか楽しそう。
一週間後の結果を待って、と言われ、その言葉を最後に私は社長室を出た。
長い廊下を歩いて、電話を受ける出勤室に向かう。
電話を知らせるコールの音が、社内中に響いていた。