どうしてもママ、子供のまま。
「えーいろいろあったんだね」
『はい…』
テーブルを挟んで向かい合う私たちは、美味しいハーブティーを飲みながら、私の過去について話していた。
彼氏がいる話…痴漢魔にレイプされた話…
全部全部。
けど、唯一言えなかったのは、私が今妊娠していること。
それだけは、なんだか口が硬くなって…私は紛らしにハーブティを飲んだ。
食べ終えたお皿たちは、キッチンに散乱している。
『それにしてもこのハーブティ、とっても美味しいです』
「ほんと?テイストにレモンが入ってるらしいの。訳わかんないけどおいしいよね」
『あはは…はい、』
〝訳わかんないけど″で、物を買うかな…
私、このみさんの、こういうユルいところが大好き。
なんだか佑みたい。
落ち着く……
しばらくして、ねぇねぇ朱美ちゃん、と、このみさんは話した。
「朱美ちゃんの過去話だけじゃ不平等だから…私の話もしようかな」
私は、目を輝かせて言い返す。
『え!?教えてくださいっ、是非っ』
「そんなに知りたいの?」
『えぇ、知りたいです!』
「うふふ、そう。なら、長くなるけど…聞いてね」
『構いません!』
私の反応にクスクスと鼻で笑いながら、仕方なさそうに、でもどこか嬉しそうな悲しそうな…
いろいろな感情が入り混じった顔で、このみさんは口を動かし始めた。
「あのね…私、いま、苗字が、〝南条〟じゃない?昔はね…桐谷だったの」
『桐谷…』
桐谷…佑と同じ苗字だ。
「私、小さい頃ね、大好きなお父さんとお母さんがいたの。そして…弟も。けどある日から、お父さんとお母さんの仲が、なにか糸が切れたように悪くなった」
「体がアルコールを完全拒否していたお父さんは、急に酒豪になった。中学からずっとお父さんが好きだったのよ、なんて言って照れていたお母さんは、急にホストクラブに通って夜が遅くなった」
『…』
「私と弟は、さぞビックリしたわ。まだ幼稚園だった私でも、おかしい、って思ったもん」
このみさんの口は止まることなく動く。
私たちの目の前にあったふたつのティーカップからは、既に湯気は消えていた。
「私たちは気になった。毎日酒臭いお父さんと、毎日夜が遅いお母さんのことが。だから…いつもは入っちゃだめよ、って言われてたお母さんとお父さんの寝室に入ってみたの」
「そしたらね……」
このみさんの喉が、ゴクリ、と鳴る音がした。
「少し空いていた引き出しの中に……〝ハーブ〟って書かれている、白い袋がが出てきたの…」
『…っ』
「どっちが吸っていたかはわからない。けど、私の幼稚園で、薬物防止教室を開いていたから分かったの、これはアブナイモノだって」
このみさんの顔はいつの間にか、下を向いていた。
高い鼻筋だけが、私の目に移る。
「それからすぐ、お母さんとお父さんは離婚したの。仲が良かった私と弟も、片方ずつに親権が行って…離れ離れになっちゃって…」
「私はお母さんの旧名、〝南条〟になったの。弟は、お父さんの、名前。〝桐谷〟ね。私ね、〝桐谷このみ〟って名前、気に入ってたから。ずっと桐谷のままで居たかった」
『……』
このみさんが話す文章の語尾が、いちいち苦しそうだった。
「それでね、気になるのは、その弟は今どうしてるの?って話でしょ?」
急に顔を上げて、このみさんは笑った。
無理笑い、とでも言おうか、目尻がヘトヘトに下がっていた。
「私の弟は今、…高校生なんだけどね。大好きな女を守るためにって言って、高校をやめたの。今は…就職かな?その辺のコンビニで、バイトでもしてるんじゃないかしら」
元気かなぁ、と、このみさんは笑った。
このみさんの目線は、テレビの隣の壁にかかっていた時計を見ていた。
まるで……針を戻してくれ、とでも言うかのような目線で。
「その…弟の名前がね…」
ハーブティをゴクリと一飲みしたこのみさんが続けて言った。
無理して言わなくていいですよ、って言おうとしたら。
その前にこのみさんの口が動いた。
「私の弟の名前はね、桐谷佑…って言うの」
どうりで、いろいろ過去が佑っぽいな、って思ったんだ。