どうしてもママ、子供のまま。
「…って、ごめんっ。知らないよね」
『……』
「…あれ?朱美ちゃん…?」
このみさんが、心配そうに、うつむく私の顔を覗いた。
「ごめんなさい、気分悪くさせちゃったかしら。ティー入れ直すわね」
私の目の前にあるティーカップと、このみさんのティーカップ。
空になったふたつのティーカップを持って、このみさんは席を立った。
このみさんがキッチンで、ぽそりとつぶやいた。
「佑くん…元気かなぁ……」
顔は見えなかった。
でも微かに声が震えていた。
だから、私は言ったんだ。
『………私、その人…知ってます』
「え?」
このみさんの手が止まった。
『私…わたし、その…佑と…お、おっ、おお、お付き合い…させてもらってます…』
手汗がにじむ。
言い終えたあとの背汗は、滝のような量だった。
しばらくの沈黙が流れる。
言っちゃ、マズかったかな、って思ったとき。
ーーーーーーーーガシャンッ。
このみさんが持っていたティーカップが、このみさんの手をすり抜けた。
ティーカップは一瞬宙をかける。
音を立てて、地面に落ちた。
『…あ』
「あっ、ごめんなさいっ」
私はこのみさんに駆け寄った。
床に散乱したティーカップを、手を切らないように拾う。
このみさんの、足元に落ちていたティーカップの破片。
私が手を伸ばして、それを取ろうとした時。
手の甲に落ちた、冷たい涙。
上から……
見上げると、目の縁を真っ赤にして目を滲ませる…このみさんだった。
『この…こ…このみさん…』
びっくりした。
だって、このみさんが泣くから。
だって、だって、いっつも笑っていたこのみさんが、こんなに泣くから。
このみさんの目は、次第にもっと潤んで、もっと細んだ。
次第に、呻くような押し殺す声も聞こえる。
しばらく泣いたこのみさん。
私は、その間何もしてあげることが出来なかった。
目をゴシゴシとこすって、私に目線を合わせて腰掛けたこのみさん。
「佑くんの守りたい女って…あなただったのね」
『…』
「あなたで…よかった」
『え?』
予想外過ぎる、このみさんの声。
私は、返事の代わりに、え?という間抜け声を返す。
また目の縁を赤く潤ませて、このみさんは続いた。
「佑くん…佑くんを……幸せにしてね。守ってあげてね…」
『…っ』
はい。わかってます。
守るってより、守られてるけど。
ふさわしい女でいます。
あなたみたいに、佑の彼女として私を認めてくれる人が増えるように。
私たちのことで、泣いてくれる目の前の人みたいになります。
『こ…このみさぁ…このみさあんっ』
「朱美ちゃん…」
ふたりでだきあって、私たちは泣いていた。
部屋には、私たちの泣き声と、テレビのバラエティ番組の笑い声だけが響いていた。