どうしてもママ、子供のまま。
『んじゃあ、今日はありがとうございました』
「いえ。何から何までごめんね。またいらして!それじゃあ、明日からまた仕事頑張ろうね」
『はい、失礼します』
このみさんの家の玄関先で、私たちはお別れの挨拶をした。
送ってあげられなくてごめんね、なんてカッコいいことをこのみさんは言った。
ここから家まで遠いし…本当は送って行って欲しかったけど…
今のこのみさんに、気を遣わせることなんて私には出来なかった。
タクシーを待っている間、私は携帯に夢中になっていた。
慣れない手つきで、文字を打つ。
宛先は、佑。
文章を何回も読み返して、送信ボタンを押した。
しばらくして、タクシーが来た。
乗り込んで、住所を伝える。
はいよ、とだけ言った運転手は、そのまま車を夜道へ走らせた。
□○◇▽△
「ふぅ」
朱美ちゃん、帰っちゃったなぁ。
一人分の温度が消えた部屋は、元どおりのはずなのに、なぜかさみしい。
私は、携帯を手に取ると、いつもの宛先にメールを送った。
送信ボタンを押す。
送信しました、の画面表示をみて、自然と口角があがった。
「よし、おふろ沸かそうっと」
私は携帯をリビングに残して、その場を去った。
□○◇▽△
「朱美遅ぇ」
アナログ時計とにらめっこする。
指定の時刻は、まだまだ先だった。
今日は楽しかったか?
美味しくできたか?
それより、大丈夫か?
ちゃんとタクシーで帰ってるか?
もう少しで帰れるか?
変な痴漢魔に襲われてねーか?
もしかしたらタクシーの運転手に襲われてねーか?大丈夫か?
言いたいことがたくさんあった。
最後はほぼ心配だけど。
俺は、朱美に電話をしようとして、携帯をとった。
その瞬間、ピロロンと、着信音が鳴った。
開いてみると、メールが二件。
朱美と…姉ちゃん、〝このみ〟。
まずは先に送られてた、朱美の方を開く。
【今タクシーに乗ったよ!
今日のお料理教室はね、楽しかったヨ。
このみさん、とっても優しい人だから、
私が失敗しても怒らないで
食べてくれたの。
優しいよね。今から帰るね。】
なんだよ、お前結局失敗しちゃったのかよ。
鼻から少し笑いが漏れる。
続いて後からきた、このみからのメールを開く。
【佑くん。
今日は大切なお客さんが来たのよ。
いろいろお話聞いてもらったし、
聞いちゃった。(^-^)
朱美ちゃんのお料理もすごく
美味しかったわよ!
見た目は、、、汗。
でね、言ってたわよ。
佑を守る、って。
仲良くね。
守ってあげてね。朱美ちゃんのこと】
っ、言われなくてもわかってるよ。
俺は朱美を守る所存だっつーの。
添付された画像を見ると、懸命に鍋とにらめっこする朱美の写真があった。
フフ、と次は吹いてしまった。
朱美…早く帰ってこねーかなぁ。
早くギューってしてーな。
朱美に返信しようとして、返信ボタンを押そうとした時。
ピロロン、と、着信音が鳴った。
今度は、メールじゃなくて、電話。
画面には、このみ、と表示されていた。
応答ボタンを押す。
いつもより鼻声のような、おれの姉ちゃんの声。
このみは、おれからの「もしもし?」も待たずに話した。
「メール見た!?朱美ちゃんのこと守ってね!あとね!朱美ちゃんのお料理おいしいからね!不味いなんていったらぶっ飛ばしに行くからね!」
ーーーーブチッ。
ツーツーツーツー。
「え?」
電話切れた…
言うことそれだけ?
せめて、分かった、くらい言わせろよ。
ったく、個性的な姉ちゃんだなぁ…
とりあえずこのみにメールの返信をしよう、とした時だった。
ーーーーピンポーン。
インターホンが鳴った。
朱美だ……!
時計を見る。
時刻は、予定していた時間より一時間早かった。
勢いよく玄関をあける。
目の前には、大好きなおれの女が居た。
『佑…わたし、佑のこと守るからね』
照れ臭そうに、おれの女は言った。
おれは、余力のまま抱きしめる。
いつもの、落ち着いた柔らかさ。
おれは言った。
「おかえり朱美」
おれのだいすきな女は、少しおれの肩に顔を埋めて、間をおいて言った。
『た…ただいまっ』
命二つ分。
重いだなんて、面倒臭いだなんて思わない。
おれは〝守るモノ〟が出来たから。
吸い込まれるように、おれと朱美は、家の中へ入っていった。