恋はしょうがない。〜職員室の新婚生活〜
いつものように、母親が玄関先で対応する。
元気にしているか、変わった様子はないか、など古庄は母親に質問しているが、問題を抱える佳音に初めから関わろうとしない母親に、それが分かるはずもない。
「森園!先生、お前の顔が見たいんだけどなぁ!」
古庄は、家の奥、リビングの方に向かって叫んでみた。
リビングから息を殺して古庄の気配を窺っていた佳音は、それを聞いてビクッと体をすくめる。
だけど、誰でもない、自分にかけてくれている古庄の言葉は、その心に沁み通っていく。
ずっと聞きたかった好きな人の声だ…。
少し勇気を出して足を動かしたら、古庄の麗しい姿を見ることができる…。
佳音が逡巡している間にも時が流れ、古庄は落胆の息をもらす。
「あの、それじゃ…これ。僕の携帯電話の番号です。佳音さんにこれを知らせておいてください。そして、何かあったり、助けがほしい時には必ず連絡するように伝えてください」
古庄は母親に一片のメモ用紙を渡して、玄関のドアを開けて出て行った。
これまで、他の生徒には絶対に教えてこなかった携帯電話の番号だ。
それを母親から受け取った佳音の表情は何も変わることはなかったが、心はとても嬉しくて震えていた。
…古庄の中の特別な存在になれた気がして。