恋はしょうがない。〜職員室の新婚生活〜
自分に婚約者がいることも、自分自身の存在さえも意識からなくなり…、古庄の中には真琴しかいなくなった。
声も聞かず、顔さえよく見えなかったのに、自分にとって世界中でたった一人の“運命の人”だと思った。
あの時は遠く手の届かないところにいた人が、今は自分の伴侶となって、子どもを宿してくれている…。
その現実に、心だけでなく体までも震えて、古庄はそこに立ちすくんだ。
「ほら、あそこ。お花が咲いてるよ」
真琴の声が聞こえてきて、古庄は物思いから覚醒する。
けれども、真琴は古庄に向かって話しかけているのではなかった。大きくなった自分のお腹を抱え、そこを見下ろしながら優しく続けた。
「お母さんがお父さんに初めて逢った時、お父さんはこの桜を眺めてたのよ。夢の中の出来事みたいに、本当にすごく綺麗だった……。この桜がお父さんとお母さんを繋げてくれたの。だから、お母さんにとって、とっても大切な桜なのよ」
そう言いながら、真琴は再びしだれ桜の梢に目をやる。
「……もうすぐ、もっとたくさん咲くね。とっても綺麗なのよ。また見に来ようね…」
今、桜を見上げる真琴も、あの日、この桜の下に佇んでいた自分を思い出してくれている……。