ふわふわ。

スーツのジャケットを肘にかけ、スタスタと歩き始めた倉坂さんの後を追う。

追いながら、あまり覚えていない倉坂さんの情報を脳内で検索し始めた。

確か、咲良さんと同期だから、2つ先輩の企画部の主任補佐。
冷静沈着、無表情、馬鹿丁寧な言葉使いが特徴的。
飲み会的なものには一切参加せず、同僚と楽しく会話しているのも見たことがない。
女子社員の中でついた噂は【鉄仮面】。
それはスペック的にはモテそうな倉坂さんだけど、女子社員のお誘いも馬鹿丁寧な言葉でお断りするところから、悪意を持ってつけられたあだ名。

……会社の同僚と言うよりも、知らない人ランクに入りそうな部類。

知らない人は苦手だ。
知らない人とは会話が続かない。
誰かと一緒にご飯を食べに出かけてるのに、無言でご飯なんて、苦行じゃない?
それって、私のコミュニケーション能力が試されてる?
いや、私は営業じゃないんだけど。

もんもんと考えながら倉坂さんの後ろを歩いていたら、気がつけば倉坂さんは立ち止まり、お店に着いたらしく、重そうな木製の扉を開けて私を見ていた。

「どうぞ」

「あ、どうも」

店内に入ると、チーズの濃厚な香りがした。
煉瓦造りの店内は半地下になっていて、階段を数歩降りるとカウンター5席にボックス席が4つ。
照明は抑え気味だけど、重苦しいほどではない。
狭くはないが、広くもない店内に流れる音楽は、ゆったりとした雰囲気でとても合っている。
お酒も出すお店なのか、カウンターの中にはリキュールボトルやワインが並べられていた。

何だかお洒落。

ボックス席に案内されて、目の前の倉坂さんを眺めた。

「素敵なお店ですね」

「言っておきます」

……何を?

クエスチョンマークを浮かべた私に、倉坂さんは気がついて頷いた。

「大学時代の友人がやっています」

「…………」


友達、いたんだ。



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