ふわふわ。
「きっかけなど、些細な事ですよ」
「……些細、ですか」
「はい。俺はこんな人間ですから、たまに話しかけても逃げられます」
……に、逃げられるって。
逃げる方もどうかしてるけれど、受け入れてる風の倉坂さんもどうかしてる。
「山根さん。驚いてましたけれど、普通に会話してくれたでしょう?」
「え。まぁ、普通……」
「初めて話しかけた人と会話になることは……経験上初めてでした」
「…………」
何と申しましょうか。
いや、何も言わなくても良いだろうけれども。
なんて悲しい人だったんだ。
「その後、食事中の会話も楽しそうにしてくれてましたし」
いや、まぁ。
楽しかったと言うか、普通で。
「山根さん、ニコニコしているのを見ていて、いいなぁ、と」
「……そ、そうですか」
「なので、彼女になってください」
「雰囲気が悪すぎませんか?」
ファイルに埋もれて、お互いデスクの前に座ったままで、倉坂さんは無表情で……
さすがに、ついでみたいに言われるのはないわぁ。
「雰囲気……」
「言っておきますけれど、倉坂さんて、私にどうして欲しいかって事を、ただ“宣言”しかしてませんからね」
「…………」
「仕事終わらせちゃいましょう」
「…………難しいですね」
「考えてみれば簡単な事なんですけれど」
「……頑張ります」
「いえ。変に頑張られると大変なので、頑張らなくていいです」
「……そう、ですか」
「倉坂さん。私も一応、女性の端くれなので」
無表情に止まっている倉坂さん。
そう。
私も女性なのですよ。
「倉坂さん」
「はい」
「私、倉坂さん嫌いではないですよ」
微かに目を見開いた倉坂さんを、
なんて不器用なんだと思いつつ、年上なのに可愛い人だな……
とも思える。
私は、もしかすると悪女の素質があるのかもしれない。