ふわふわ。
倉坂さん……
実は倉坂さんて、
「腹黒……」
「仕方がないです。惚れた相手がなかなか振り向いてくれませんので、俺としては外堀を埋めていく手段しか取れませんでしたから」
それが貴方の作戦ですか!
薄々気づいていたけれど。
だけど、それを本人の前で言う?
「この状況ですし、明日は休みですし、俺にお持ち帰りされませんか?」
「されません。それに、倉坂さん……そう言われてついて行く女性は滅多にいませんからね?」
「ああ。山根さんは拉致した方が早いかもしれませんね」
「拉致したら犯罪ですから」
睨んだら、倉坂さんがまた楽しそうな目をした。
「楽しいですよね」
「何がですか」
「こういったやり取りが……です」
「…………」
楽しいんだ。
そうなんだ。
溜め息をつくと、バックを持ち直して首を傾げる。
「お持ち帰りはされませんが、珈琲でも飲みに行きましょうか」
「……珈琲?」
「少し酔い醒ましたいです。それから、計画をしましょう」
「計画……ですか?」
「私、今見たい映画があるんですよね。一人で行くのもなんなので、一緒に行ってくれる人がいれば、嬉しいかも」
倉坂さんの目が少しだけ困惑気味。
それを見て、駅とは逆方向に歩き出す。
「あの。山根さん」
「はい?」
「それはデートのお誘いでしょうか?」
「そう聞こえてませんか?」
言った瞬間、急に背後から抱き締められた。
「あ、あの。倉坂さん、ここ往来……」
「嬉しいです」
囁かれた言葉はとても低く響く。
いつものように淡々とした口調ではなくて、とても低くて、背中を“何か”が滑り落ちていく。
見上げると、初めて見る、とても嬉しそうな笑顔がそこにあった。