ふわふわ。
嬉々としてごっそり書類を渡したら、倉坂さんの表情がますます無表情になった。
「山根さんは……いつも居ますね」
……いつもは居ません。
そんなに度々残業……は、してないつもりでおりますし、じ、自分の仕事はちゃんと定時前に終わらせてます!
と、心のなかで叫んでみた。
「お、お願いします」
「終わりましたら、声かけますね」
「…………」
それって、暗に、僕の方が早いから、打ち込み終わったら手伝います、とでも言うつもりですか?
……ダメダメ。
何だか心が渇ききっている。
これはダメだ。
「ミルクティー。ご馳走になります」
「はい」
すでにパソコンの電源を入れて、モニターに向かっている彼に背を向けデスクに戻ると、ミルクティーの缶を開けて一気に流し込む。
冷たくて甘い紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。
何だか気合いが入ったわ。
さっきまで気になっていた同僚の話し声も、遠くを走るサイレンの音も、チラチラし始めていたパソコンのモニターも気にならない。
疲れていたはずの小指も、どこか復活したみたいだし、これならいける!
絶対に負けないんだから!
そんな事をやっていたら、背後で驚かれていた事も、全く気づかなかった。
結果としては、
「では、山根さん。こちらのグラフの作成も処理しますから。営業の書類についてはお任せしますね」
「……はい。お願いします」
全く歯が立たなかったと言いますか、なんと言いますか。
意気消沈気味の私に、後ろの同僚が首を振る。
「倉坂さんに勝とうとするのがどうかしてるよ、山根さん」
「どうしてですか」
「だって、倉坂さん、咲良さんの同期だよ? この書類の山、クライアントが横やり入れて来なかったら、咲良さん、定時で終わらせちゃうような人だよ?」
咲良さんの処理能力は、神がかりですものね。
それは知ってますけれど。
「あの咲良さんが、唯一、タイピングで負けたのが倉坂さんなんだから、無理無理」