悪魔の諸事情。



刺せなかった。

代わりにおれはナイフを取り落として、柚美を今度は両手でしっかりと抱きしめた。


柚美は、驚いたように目を見開く。

そんな彼女に、小さく囁く。


「やっぱ、おれ、できない……」

……そう、気付いてしまったから。


2週間の間、ずっと何も出来なかったわけを。

いつまでも、躊躇い続けていたわけを。


沢口への遠慮や、おれが臆病だったってわけじゃない。

柚美がおれの絵を描いているのを見ていた、あの頃から、おれは彼女を好きになっていたから。

今では柚美が、愛しくてたまらないから。


どうしようもなく、何よりも……




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