最後の恋の始め方
 「先生が、どうかしましたか」


 気になって尋ねてみた。


 「いや、いいんだ。あくまでこれは、俺の主観だから」


 「主観……?」


 先輩は何も答えず、ミネラルウォーターを飲み干した。


 最後、グラスの底の氷がカランと音を立てた。


 それから少しの間、沈黙が流れた。


 お互いに何を口にするべきか、推し量っているのかもしれない。


 ……私はふと、窓の外の街を眺めた。


 華やかに夜の灯りで彩られている。


 そして粉雪が舞っている。


 雪の夜。


 札幌ではありふれた冬の夜。


 ……佑典は生まれて初めて、雪のない冬を異国の地で送っている。


 常夏の南国で。


 一人、祖国から何千マイルも離れて。


 佑典がもう雪を見られないことを思い起こす度に、私はとらえようもない後悔の嵐に襲われる。


 あの日からずっと……。


 これは死ぬまで逃れることのできない、私に与えられた重い罰。


 「理恵ちゃんに、改めて確認しておきたいんだけど」


 雪が静かに降る街並みを眺めながら、目に涙が浮かびそうになっていた私に、山室さんは尋ねた。
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