最後の恋の始め方
 部屋の灯りをつけないままで、僕はパソコンの前に座っていた。


 「理恵、こっちにおいで」


 理恵が戻ってきたのに気がつき、パソコンのそばまで招き寄せた。


 僕は先ほど脱ぎ捨てたスーツは自分で拾い集めハンガーにかけ、私服に着替え。


 一方理恵は、愛し合った気配を全てシャワーで洗い流した後、タオルを体に巻いているのみ。


 そんな理恵をすぐそばまで呼び寄せた。


 「これを見て」


 僕はパソコンの画面を示す。


 「……写真ですか?」


 縮小表示の画像が、パソコンの画面に一杯になっているのを理恵は覗き込んだ。


 「そう。20年近く前にエジプトに行った時の写真を、CDに焼いたんだ」


 「エジプト……」


 理恵は興味深そうに顔を近づける。


 年が明けたら理恵は、大学卒業。


 友人との卒業旅行は近郊の温泉地への一泊旅行のようなので、僕は理恵を海外旅行に誘った。


 プライベート旅行ではあるものの、理恵との時間の合間に写真も撮りたいから、と。


 候補地の一つが、エジプト。


 二十年近く前に一度出かけたことがあるものの、過密日程で思う存分写真が撮れなかったから、もう一度行ってみたいと思っていた。


 パスポートも定期的に更新してあるので、大丈夫。


 理恵もパスポートを持っている。


 一度も使ったことのないパスポートを。


 佑典の元へ旅立つために作成したパスポートを……。
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