最後の恋の始め方
 「え」


 ティーカップを持つ手が、ちょっと滑った。


 カップがスプーンに触れて、カチャンと音がした。


 ……反応に困った。


 さりげなく山室さんの表情を窺うと、いつもの爽やかな笑顔。


 「……私ごときが山室さんの暇つぶしとなることができるなら、光栄な限りです」


 言葉を選んで答えた。


 「何それ、他人行儀な言い方」


 山室さんは笑い出す。


 「第一暇つぶしだなんて、そんな。こっちこそいつも理恵ちゃんを引っ張り回して、申し訳ないかなって自問自答してるんだよ」


 「山室さん」


 「だけどいつも嫌な顔一つせず、付き合って話を聞いてくれて嬉しいよ。ずっと仕事ばっかりで、家には寝に帰るだけ。毎日忙しいけど退屈な日々だったから」


 「……」


 「理恵ちゃんと一緒にいると楽しいっていうか、癒されるよ」


 「そう、ですか……」


 「佑典とのことも気になってはいるけど、それはさて置いても、理恵ちゃんとは今後もこうして交流していけたらな、って望んでいる」


 私も山室さんのことは、頼りがいある先輩として、大切な存在だとは感じている。


 一生この関係は大事にしたいと思うのだけど。


 男女間での信頼関係は、このままこうして続けていけるのか、たまに不安になる。
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