波音の回廊
 (あの時の地獄を思えば、私にはもはや、恐れるものなど何もない)


 七重は当時を振り返る。


 命が助かるなら、何だってできると思った。


 どんなことをしてでも、生き延びて見せると誓った……。


 やがて嵐は静まり、夜明けの空に水城島が浮かんで見えた時の喜びは、この上ないものだった。


 それから何年が経っただろう。


 隣に横たわる十歳年下の清明を見つめながら、七重はふと数えていた。


 「七重」


 清明はそっと七重を引き寄せた。


 「いくら清廉が父殺しだといっても、俺が家督を継ぐことに関して、島民に反感持たれないかな?」


 「なぜ反感を?」


 「だって俺の母親は、名もない島の女だし。清廉の生きている限り、俺は兄であろうとも下位に位置し続ける」
< 168 / 260 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop