波音の回廊
 「え……、一緒に?」


 清春は黙って頷いた。


 「さっき私に、さっさと札幌に帰れ! って言ったくせに」


 「売り言葉に買い言葉だ。きっかけはお前がまた俺のこと『清廉』って呼んだからだぞ!」


 「ごめん……」


 未だに私は、清春を間違って「清廉」って呼ぶことがある。


 同じ顔と声をしているので、つい錯覚してしまう。


 中味は全く違うのに……。


 「十年間で125回も、違う男の名前と間違って呼ばれるほうの気持ちも理解してくれよ」


 「さすが、ずいぶん細かい」


 「頭に来るから、手帳に回数をメモしておくようにしたんだ」


 「ちょっと執念深すぎない?」


 思わず私は笑ってしまった。


 「だったら俺が何回も何回もお前のこと、エリとかマリとか間違って呼んだらどう思う?」


 「それって昔の女の名前? ……ムカつく」


 「だろ?」


 清廉と過ごした夏は一瞬で、それからずっと長い期間を清春と共にしているのに。


 私はまだ……清廉から完全に卒業できていない。
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