波音の回廊
 「ありがとう。あとは私が運び込むから、そこに置いておいてくれ」


 「かしこまりました」


 一件落着と思い、清廉は琵琶を再び奏ではじめた。


 だが娘は、微動だにしない。


 「どうした? そこに置いたままでよいと申したであろう?」


 再び清廉は演奏を止める。


 「若様。夏とはいえ夜風は冷とうございます。そろそろお休みになられたほうが」


 「心遣いすまぬ。お前も下がってよいぞ」


 清廉は琵琶を弾きながら、娘に告げた。


 「あの……」


 「どうした?」


 清廉は背を向けたまま、琵琶の演奏を止めることなく、娘に答える。


 「わたくし……。今宵若様のお相手をするようにと」


 娘がそう告げた瞬間。


 清廉の音色が不意に終わりを告げた。
< 76 / 260 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop