Sweet Lover
いつだったか、真朝ちゃんが須藤のことが分からないと言っていたけれど、それは致し方が無いことだと思う。

あの、常軌を逸した家の全てを言葉だけで伝えることなど、到底出来ないだろう。

仮に、全てを言葉で伝えたらそれは、冗談か夢物語にしか聞こえないはずだ。

例えば、俺は物心がつく前から「須藤 響哉」の影であるように育てられたこともその一つ。

須藤家は、あの家を捨てた俺の祖父の言葉を借りれば「魔物が棲む場所」なのだ。
もう、何百年も前から。

誰も幸せになれないその「場所」を守るためだけに、全ての人間が存在している。


俺と響哉は逃げようと幾度も試みた。

それを二人の密かな目的にして、幾つもの言語を覚え、互いに違う分野の勉強をし、心理学を学び、身体を鍛え、様々な犯罪に立ち向かえるような訓練もした。


それでも尚――。
今、俺はこうして、須藤家の馬鹿でかい屋敷に向かって車を走らせている。


それが、現実ってヤツだ。
認めたくもないけれど。
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