Sweet Lover
「いや。
 君をあそこに連れて行く気はない。
 車を一台手配して」

「……なんか、凄い世界にいらっしゃるんですね。
 そもそも、影武者って何ですか?」

春花はため息をついて、小さな声でそう聞いた。

「時代劇の延長。
 そんな世界がこの日本の中にもあるってことさ。
 ま、冗談だと思ってくれればいい。気にすることはないし、他言も無用。
 バットマンだって、民衆に正体を知らせないまま頑張ってるんだから」

ぼんやりした頭で、よく分からないことを口走っていた。

そもそも俺は正義の味方でも何でもないと言うのに。

「――社長、大丈夫ですか?」

駐車場に車を止めて、春花が微かに不安そうな表情を浮かべる。

俺は答えずに車から降りた。

ジャケットを羽織って、「キョーヤ・スドウ」を演じることに集中する。

「当たり前だろう?
 ほら、行くぞ」

そう言った瞬間、自分でも不思議なほど、不遜で自信に満ちた男、「キョーヤ・スドウ」になりきることが出来た。
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