Sweet Lover
「春花ちゃん、昔は無邪気で可愛かったのに、いつの間にああなっちゃったんだろうね」

いったんポケットから煙草を取り出した佐伯先生は、監督に「禁煙」と諭され、諦めて煙草を片付けながらぼそりとそう呟く。

――責任の一端は、先生と響哉さんにあるのでは?

私がそう口にする前に、先生はにこやかに微笑んだ。

「真朝ちゃんはいつまでも、今のままでいてね」

――それは、無理です、多分――

本音を伝えてよいものかどうか、考えあぐねているうちに、先生はリチャードソン監督に椅子を勧めていた。

「ランチは?」

「もちろん、彼女の心遣いでお弁当を頂いたさ」

やれやれ、と。
吸えない煙草を弄びながら、先生も椅子に座る。

「梨音は?」

「心配ない。
 それより、真朝ちゃんの心が決まらないと、話が進まないんだけど」

そういうことなら――。もう、迷ってなんていられない。私は先生の目を真っ直ぐ見て口を開いた。

「響哉さんが望むなら、私はすぐにでもアメリカに行きます」

刹那。
先生は眼鏡の奥の瞳を丸く見開いた。

そうして、クッと、喉を鳴らして笑い出す。

「この非常時に、良くそこまで楽しそうに笑ってられますね」

もちろん、私の皮肉に動じるような人ではない。

「そりゃ、俺の人生、大半は非常時・非常識だからね。
 笑ってないと、やってられない」

先生の軽口が、冗談なのか重たい真実の告白なのか、私には見極める術が無い。
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