Sweet Lover
驚きというよりは、恐怖のあまり息が止まる。

「マーサちゃん、大丈夫だから、ゆっくり息を吐いてみようか?
ほら、痛くも怖くもないでしょう?」

左耳の傍から注がれる声は、甘さだけで作られた綿菓子を思わせた。

「俺が傍に居るから、心配しないで」

……アナタが傍に居るから心配なんですけど、って心の片隅で冷静な突っ込みの声があがる。

だけど。
唇に優しく柔らかく触れている何かが、私の神経の9割以上を奪っているせいで、まともに頭が回らない。


私の脳みそは、熱せられたチーズのように、とろっとろに蕩けているような、気さえした。

「落ち着いたらゆっくり、目を開けてみようか?」

まるで水泳のインストラクターみたいに、ゆっくり丁寧な発音に、私の心臓は平常の速度に戻ってくる。

響哉さんの左手が私のまぶたの上からそっと外れる。

私は深く息を吸い込んでから、ゆっくりと瞳を開く。

私の唇に押し当てられていたのは、響哉さんの右手の人差し指で。
私の目の前でそれはゆっくりと外れていく。

チュっと、私の背後でキスをする音が聞こえる。
それはきっと、彼がその人差し指に唇を重ねた音だ。

「ほら、間接キス。
 できたでしょう?」



……えーっと。

その。

もう、キスが怖いとかなんとかいうよりも。

少女漫画染みた台詞を(いや、今時少女漫画でもそんなこと言うかどうか)、真顔で言えるその精神構造が知りたくて仕方がない。


そのとき私は、生まれて初めて「砂を吐く」という言葉の意味を実感した。
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