夏に咲く桜 海に広がる静空
「そろそろ・・・行かなくちゃ」


それから、私たちはどれくらい波の音を聞いたか分からない。

波の音以外は会話もなく、彼は何も話さずにただ黙って隣に座っていてくれた。

その時間は気まずいものではなく、学校で感じる孤独のようなものではなかった。



ゆっくり立ち上がり白杖を手で探していると、彼が優しく私の右手に渡してくれた。


「あと、これ・・・」


左手に何かを手渡された。

そのまま離さずに、彼は私の右手も一緒に掴んできた。


「ここに来たのは奇跡かもしれない。

けど、手術は絶対に成功するよ」


最後の最後に、気休めのような言葉を言ってくるとは思えなかった。

彼がそんなことをするとは思えず、頼りないがどこか説得力のある言葉に聞こえてくる。


「気休めじゃない。

今、君の左手にあるのは夏桜っていうんだ」


彼の手と私の掌で、左手にある植物を挟むようにする。

その感触が体全体に伝わっていくような、そんな不思議な感覚。
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