砂の鎖
親戚のいないママの葬儀は、とても静かだった。

ママのお店で働いていた美由紀さんが、私の肩を抱いて泣き崩れている声だけが大きく響いていた。
いつも派手なドレスで羽みたいな付けまつげがトレードマークだった美由紀さんが、その日は黒い地味な喪服に身を包み、すっぴんに近い薄い化粧で……
いつも楽しい事が無くてもケラケラと笑っている彼女が泣き崩れていて……

まるで、別人の様だった。

美由紀さん以外に、涙を流している人はいなかった。

私も、拓真も―……


今思えば私は、突然のことに動揺していて状況をちゃんと理解できていなかったのだと思う。

常連さんは、多分、喪主を務めたのが私ではなく拓真だったことに驚いて、私に何も話しかけることはできずにいた。

顔も名前も分からない身なりのいい男性が何人かやってきて、大金の香典を置いて帰って行った。
ママに惚れていた客だっただろうことは想像できたが、彼らは記帳に名前を書いていかなかったから、私は彼らがどこの誰かは分からない。

その中で、僅かにいた名前を書いていった男は私の行く末を気にかけて声をかけたが、私はそれらに上手く声を出すことができず、結局拓真と美由紀さんが答えていたようだった。
「心配はない」と……

葬儀のすぐあと、貸店舗だった店は続けないのならすぐに片付ける必要があった。
美由紀さんはその頃すでに次の店で働き始めていたけれど、それでも店をたたむ手続きや諸々の事務処理を手伝う為に我が家に泊まりこんでくれていた。

それから私は、何も分からず沢山の書類に名前を書いた。
それらも拓真と美由紀さんに言われるがままだった。

そうして、煩雑だった事務処理が終わった後。
美由紀さんはいつも通りのバッサリとまばたきの度に音が出そうなつけまつげをつけて私を抱きしめてから、少しだけ涙をためた笑顔で去って行った。

困ったことがあればいつでも連絡をしてくれて構わない。お金以外なら相談にのるからと言いながら。
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