砂の鎖
麻紀は立ち上がって教室の扉を開けようとし、私はそんな麻紀のドアにかけた手を慌てて掴み制止した。
麻紀は私を不服そうに見たけれど、私は首を横に振る。

確かに、彼女の言葉は痛い。
屈辱的だ。

それでも私はなんとなく、納得してしまった。
ああ、だからか。と。

ろくに会話を交わしたこともない真人が、私に告白した理由。
付き合うと言っても、私に何もしようとはしてこなかったその理由。

初めから、本気じゃなかったから……


「いつまでって、ヤレルまでに決まってるよな真人」

「でもそれならすぐでしょ? 須藤さんって軽いでしょ?」

「おい」


楽しく歪んだ方向に熱を帯びる会話は、真人の言葉少ない制止では停まる事はなかった。
怒りで顔を赤くする麻紀の隣で、麻紀がいてくれて良かったなと、ただそう思った。


「だって須藤さんってさ、若い男の人と二人で暮らしてるんでしょ? そんなのってさあ……」

「血がつながってない高校生の娘を良心だけで育てようなんて男いるわけねーよな」

「……須藤さんが身体使って脅したって、誰かが言ってたよ?」


こんな陰口は、子供の頃から聞き慣れている。
こんな陰口を言われているだろうことは、三年前から想像できていた。

彼らが言っていることはとても分かりやすい話だ。

ママの死後、拓真がとった行動はあまりにも非常識だ。
私だって、拓真の行動が理解できないのだから。他の人に理解できるわけもない。

拓真が下心があって私の傍にいるのなら、私はそれはそれでまだ、理解できた様な気がする。

ママが死んで、ママより随分若い拓真が、私の父親役をやっていることの方がずっと不自然だ。

こんなことは慣れている。平気だ。

……それでも、傷つかないわけでも無かった。
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