砂の鎖
「亜澄!」


ひとつ、遅れたタイミングで真人は慌てるように私の名前を呼んだけれど、私はその声に振り向く事もせずにつかつかとあるいて、彼女の前に立った。


「え……?」


私よりも少し身長の低い彼女の瞳を見下ろした。
少し怯えを含み私を見る、垂れ目がちの大きな目。
真人を上目づかいに媚びるように見て、私を睨み付けていたその目。

パシンと、乾いた音が響いた。
私は彼女の頬を平手で打った。

瞬間、その場は水を打ったように静まった。


「……何が分かるのよ」

「な……」


静かに吐き出すようにして発した言葉に、彼女の顔色がみるみる赤くなる。
何かを彼女が言い返そうとした瞬間、今度は私はその胸ぐらをつかんだ。


「あんたなんかに何が分かるのよ!!」


今度は叫ぶように言い、もう一度その白い頬を殴ろうとした瞬間、突然の事態に呆けていた周りが一斉に動き出した。


「亜澄! やめろ!」

「いったぁい! 何この暴力女!」

「ちょっと、放しなさいよ!」

「須藤落ち着け……っ」

「お前ら何やってるんだ!!」


乱闘になりかけたその場は、たまたま通りすがった担任の声であっという間に収束を向かえた。

罰が悪そうに顔を見合わせる男子生徒。
マネージャーの女は急に萎れたように頬を押さえ俯いた。

振り上げていた私は腕を簡単に振り下ろすことができなくて。
その時初めて真人に腕を掴まれていることに気が付いた。

私はその手を、乱暴に振り払った。


「亜澄……」


真人の声に、私は振り向く事はしなかった。
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