砂の鎖
「お前は人を殴って反省の言葉も出ないのか! いつもいつもお前は問題ばかり起こして……だからお前みたいなやつは不安だったんだよ」


田中は吐き捨てる様に口にする。

“いつも”なんて言われるような問題を私が起こしたのは一体いつの事だと言うのだろう。
成績は学年上位10位以内から落とした事も無ければ、課題を出さなかったことも無く、それどころか遅刻も風邪で休んだことすらなかった。
スカートの短さで指導を受けた時のことを言っているのなら、それは私の隣に座る女だって同じだ。

思わず舌打ちをした。


「おい! 須藤!!」

「田中先生」


暫く黙っていた佐伯がいつも通りの声を発した。
いつも怒っているかの様に眉間に皺を刻んだ人の嗄れ声だから、いつも通りであっても場違いという感じはさほどしない。


「須藤が今まで問題を起こしたという話を私は聞いたことが無いのですが」


その言葉に驚いた様に田中は佐伯を見た。


「いつの話ですか?」

「いつって……そりゃ彼女は色々問題を抱えているじゃないですか! そんなの佐伯先生だって知っているでしょう!」

「須藤の家庭環境の事を言っているのですか? それなら彼女に問題は無いし今回の事にも関係は無い」


言葉を濁した田中に、佐伯はいつもよりも滑舌よく言いきる。
それに私も、そして横井も驚いた顔で佐伯を見た。


「関係は無いって……問題行動を起こす子供の殆どは家庭環境に問題があるからでしょう!?」

「問題が起きた時、一般的な事象からの憶測のみで生徒個人の責任を追求するのは教育者のする事ではありませんよ。田中先生」

「……っ」


低い学年主任の声にまだ若い男性教諭は言い返す言葉を失った様だった。
田中は赤い顔をますます紅潮させ悔しそうに下唇を噛んで押し黙った。
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