砂の鎖
「ところで須藤、進路希望用紙は持ってきたか?」

「え?」


世の中の微妙な矛盾に気が付きそうになっていた私に、佐伯は唐突にとても現実的な質問をした。
驚く私に佐伯は笑いもせず眉を顰めた。


「提出今日までだろう」

「……処分中でも締切普通にあるんだ」

「当たり前だ」

「……」


持ってきては、いた。
というか、いれっぱなしにしてあった。

私はカバンを探り進路希望用紙を佐伯に向かっておずおずと差し出した。
それを見て、佐伯は深い眉間の皺をさらに深くする。


「……一度目の進路希望だからな。またよく考えなさい」


それは以前佐伯が図書室で見た物と何一つ変わっていなかった。

就職に丸を付けられ、用紙のほとんどの面積を占める第一希望、学校名、学部、学科と書かれた枠の中には一切文字が書かれていない。

私は、進学についてはまだどう考えていいのか分からずにいた。
大学に行きたいと思っていたわけでは無い。
というか、考えもしていなかった。

けれど行きたくないのかと聞かれれば、そうでも無い気がした。

何かになりたいという強い意志も希望も無く、ただ漠然と早くお金を稼げるようにならなければいけないと思っていた私には希望を聞かれた時の用意はできていなかった。
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