砂の鎖
「あず。本当にずっと考えてたの?」


突然かけられた声に私はビクリと肩を上げた。
眠そうな拓真の声だ。

心のうちを見透かされた気がして、妙に心臓が逸った。


「えっと……」


上手く言葉を返せない私は時計に目を向けた。

時計は数字の3時10分を指していた。
ずっと乗数の計算をし続けていた私は、3の数字を見た瞬間先ほど計算した3の10乗の答えが思い付いた。
そんな自分に驚いて、そして冷静になった。

拓真が言っているのは課題のことだ。

今私が考えていた事ではない。


「あず。これさ……」

「なによ」


拓真は眠そうな瞼を少しこすって、私の向かいに腰かけた。

拓真は湯沸かし器とマグカップを二つ、食卓の上二置いた。
粉末の緑茶をその中に注ぎ込む。


「すごく有名な数学史上の最大の難問って言われてた数式なんだよ」


拓真はそう言いながら、私に粉末の緑茶を溶いたマグカップを渡した。


「は?」


その言葉に、私は目を丸くした。

拓真から受け取ったマグカップの緑茶は熱すぎて、私の動揺を冷ますには役に立たなかった。
沸騰したばかりの湯でいれられた緑茶は口に含めない程に熱い。


「俺も内容までは分からないけど、これ解けたら学者になれると思うよ」

「はあ!?」


じゃあなに!?
佐伯はできる筈もない課題を出したわけ!?
私はそれをバカ正直にこんな時間まで考えてたって言うの!?

腹を立てる私に、拓真は私の心中とは正反対の穏やかな笑顔を向けた。


「あの先生が出したならさ、何か意味があるんだろう」


そう言って、拓真は自分で入れた緑茶に口をつけてから慌てて口を放した。

拓真は私より、猫舌なのだ。
それなのに熱い飲み物を好む変な男だ。

そんな拓真に、腹を立てていた筈の私は思わず吹き出して笑ってしまった。
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