砂の鎖
***


「佐伯先生!」


謹慎二日目の中日。
私は早朝から佐伯に不機嫌な仏頂面を見せた。


「どうした須藤。酷い隈だな」


佐伯は僅かに口角を歪めた。

これがこの教師の楽しい時の表情らしいことに、私は気が付き始めていた。
冗談が通じないと思っていた佐伯は意外にも人をおちょくるのが好きな人なのかもしれない。


「昨日の課題!」


私がそう言いながら、抗議の為に持ってきた昨日の努力の結晶……又は身にならなかった落書きの山を机にたたきつければ佐伯は目を丸くした。


「できたのか?」

「できるわけないって分かって出したんでしょう!?」


怒る私にうんうんと頷きながら、何の意味も無いチラシの山を佐伯は感心したように手に取った。
佐伯はそれを眺めながらほう、とか言いながら時々目を丸くした。
意味がないそれらを見て佐伯は何が分かるというのだろう。意味がない事は、私よりも佐伯の方がよく分かっている筈だ。

冷めやまない怒りを湛えた私になるほどとか言いながら佐伯は一枚一枚落書きを丁寧に見ていった。

……意味は、無い筈だ。
結局私は、その問題を解く事ができなかったのだから。

文句を言うためだけに持ってきた数式の山から一体佐伯は何を探そうとしているのだろう。
不可解な初老の男の行動に、私は一度怒りを収めて眺めることにした。


「……須藤」


最後の一枚を眺めてから佐伯は改めて私を見た。


「答えが出る数学はな、高校までだ」

「は?」


佐伯は意味が分からないことを私に諭し始めた。
意味が分からない、唐突な言葉だ。

それでもその言葉に、私は聞き覚えがあった。

佐伯は私が横井を殴った日、世の中は高校の数学の様に答えが出ることばかりではないと説教をした。
進路希望用紙を佐伯に渡した昨日、私は佐伯に数学の教師になったのは答えが出るからかと聞いた。
< 87 / 186 >

この作品をシェア

pagetop