砂の鎖
「この公式はなフェルマーの最終定理と言って……いや、今はフェルマー・ワイルズの定理と言うべきだな。大学で応用数学を学べば触りくらいはでてくるな」

「……大学レベルってことですか?」


今更に佐伯は私の問いに答えようとしているのだろうか。

いや。今更では無く、昨日私の質問を受けてそれに答える為にこの課題を出したのだろうか。
私は佐伯の話に少し、興味が湧いた。


「まさか。大学レベルじゃ解けない。この法則はフェルマーが発見し、世の中の数学者達が360年間証明できなかった数式なんだ」

「360年!?」

「証明されたのは20年ほど前だ」

「……へえ……」


簡単に答えがでるとても単純な式に見えた。
思いもしなかった途方も無い時間に私は驚きを隠せなかった。

それに、佐伯は僅かにやはり口角を歪める。

私は昨日、夜中の三時までこの問題に頭を悩ませた。
こんなに考えても答えが出ないなんてと腹を立てた。

私には想像できないほど頭がいいであろう数学者達が、昨日の私の様なことを360年間もしてきたというのだろうか。
そしてその答えが出たのがたった20年前。
私が生まれる、ほんの少し前。


「私が教師になったのは、このフェルマーの最終定理が完全に証明されたことがきっかけだった」

「……」


私は淡々と語る佐伯の話に耳を傾けた。

少し意外だった。
佐伯は間もなく退官を迎える歳だ。
つまり約20年前、佐伯は既に二十代後半か三十代だった筈だ。

永遠にも見える時間解けなかった疑問が解けた時、佐伯は数学を教えようと決めたのだろうか。

数学に解けない問題は無いと、当時の佐伯は思ったのだろうか。

私にはもちろんよく分からない。
けれど20年前のその出来事は、佐伯にとってはそんな風に数学に魅せられる輝かしい事件だったのだろうか。
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