砂の鎖
「須藤。お前はすぐに分かった顔をして諦めてしまうだろう」

「え?」


それから唐突に私の話をし始めた。

その説教に驚いたのは、それはまさに今の私の心境だったからだ。
理解できないことに納得をした今の心境。


「人から理解されないなら仕方がない。そうして向き合うことをせずにこういう反省文を書く」

「……」


説教を続けながら佐伯はファイルから私が昨日書いた反省文を取り出した。

どうしてか。佐伯は私の心のうちを見透かしていた様だ。

一昨日、不貞腐れた態度をとっていた私が綺麗な言葉を並べたてた反省文。


本当は一つも納得していなかった。

暴力はいけないことだ。
それはそうだろう。正しいだろう。

それなら横井の言葉は暴力ではなかったのだろうか。

私が、幼い頃から受け続けてきた世間からの心無い仕打ちは暴力ではなかったとでも言うのだろうか。


子供の頃から飲み屋街を出入りする父親のいない私は、近隣の常識的な大人たちから眉を顰められる存在だった。
けれどママが私との時間を作ろうとしてくれていた事を知っていたし、スタッフの美由紀さんは私をいつも褒めてくれたし、お客さんたちは近所の人たちよりもずっと優しかった。

ママの死後、若い血のつながらない男と二人で暮らしていることで下賤な推測をする人は多かった。
けれど血縁関係もないのに、そしてママは死んだのに、拓真はずっと私を守ろうとし続けてくれた。
私は拓真がいなければ頼る人も無く一人施設に行くことになっただろう。
ママと暮らしたあの家に住み続けることはできなかった筈だ。


それは、そんなにも責められることなのだろうか。

そう思いながら、それでも仕方がないんだと諦めていた。

平気な顔をして笑い話にさえしてた。

誰にも理解される筈が無いと思いながら、それでも私はずっと怒りを抱えてきた。
それでも、諦めていた。

そうしてずっと、矛盾した感情を抱え続けてきた。


「世の中は分からない問題だらけだ。永年解けない問題がある日唐突に解けることもある。しかしそれは唐突に見えるだけで、その問題に正面から向かい合った時間があったからだ。
いい機会だ。まずはきちんと一昨日の出来事と向き合いなさい」


佐伯はそう言って、私に何も書かれていない原稿用紙を手渡した。


「反省文を書き直しなさい」
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