LOVE SICK
「斎木さん、やめて、ください……」


クスリと笑った彼が絶え絶えに言葉を漏らす私から、離れた。


「言われなくても?」


その瞬間、ポンと空気を読まないな柔らかい電子音を響かせてエレベーターは目的の階に止まる。


「あ。斎木さん、じゃなかった、支店長。おはようございます」

「おはよーございますー。支店長」


斎木さんがフロアに降りれば、この春、まだ若くして支店長に抜擢されたばかりの彼に挨拶をする社員の声。


「おう。おはよ」


先ほどまでとは打って変わって爽やかな笑顔で彼らに挨拶をする斎木支店長。


斎木さんは、確かに仕事は出来るし頼りになる人だ。


この会社は平均年齢が低いけれど、20代での支店長は異例だ。
今迄で一番若く支店長になったのは今の本社の本部長で、32歳の時だったと聞いてる。


確かに、彼の実績はそれに足る物で。斎木さんはゆくゆくは経営幹部に上り詰めるだろうと思われる将来有望な人だということは事実だ。

彼自身も、そんな自分に自信を持っているだろう。

仕事もそれ以外も充実していて満たされていて。
今きっと、彼は自分の思い通りにならないことなんて何一つとして無いだろう。

誰かを切り捨てることさえも、何一つ罪悪感を覚えることは無いのだろう。


「川井さんもおはよう。支店長と一緒だったの?」

「……おはようございます。エレベーターで一緒になって……」


彼の部下である私は、彼と同じフロアのすぐ傍のデスクが自分の席だから。

彼の後ろをついて歩くしかない。


酷く、惨めな暗い想いを抱えたままに……


(本当に、今日は最悪だ……)
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