LOVE SICK
自分の仕事を投げ打って、上司である斎木さんに軽く不信を孕む視線を投げかけられて。
それでもここに来たのは当然、今朝のあのスーツを汚してしまった男性に謝罪をする為。

何時に仕事が終わるのか……分からない彼を待つ為。


(本当に、なんであの時連絡先を聞かなかったんだろう……)


名刺を受け取っておけば。
携帯電話の番号を聞いておけば。
そうすればこんな風に不安を抱えながらいつ来るか分からない彼を待つ必要は無かった。

今さら後悔したってどうしようもなくて……

わざわざ今待たなくても、朝又このカフェに来れば会えるなんて分かってる。
彼もほぼ毎日、ここで朝を過ごしているのだから。


それでも、気になってしまって……
早く謝りたいとか、一体あのスーツはいくらぐらいするだろうとか、もしも取り返しのつかないことになっていたらどうしようとか……


昼間は慌ただしく過ごしているから頭から一瞬離れていたその罪悪感も、こうして座って落ち着いてしまえば頭を擡げる。
朝の軽快さを含むカフェミュージックに比べ、今はしっとりとしたピアノの音がBGMとして流れている。

落ち着いたなめらかに滑る様なその音は確かに心を落ち着かせてくれて、確かに心地よい音楽だけど……
今は余計な事を考えさせる余裕が生まれてしまうから、よくない。


ソワソワとしながら暫く紫煙を肺に満たして、それからもう一度、文庫に目を落とした。
< 20 / 233 >

この作品をシェア

pagetop