LOVE SICK
「君……」


その声が、自分に向けられていることに気が付かなくて、一瞬反応が遅れた。

少し鬱陶しいなぁなんて思いながら顔をあげる。

あんなにソワソワとして集中できずにいたくせに、気が付いた時にはまんまとその本の著者に魅せられて、世界観に取り込まれて、周りの声が聴こえない程に没頭してしまった。
大分前に流行った恋愛小説で、映画化もされて当時見に行ったけれど文庫で読むのは始めてだった。

思い合う二人のすれ違いにハラハラとして……思う様にならない二人に涙が出そうになる。


そんな中、いきなり現実に戻された。


「一体……何時からここにいたの?」

「あ……」


耳に、心地良いバリトンの声。
視界には、一方的に見慣れてしまったフワフワの少し癖があるダークブラウンの髪。

少し呆れた様に微笑むその笑顔は、朝とは違い夕方特有の疲れを僅かに含んでいた。


「あの……」

「悪かった。本当に待ってるなんて……明日も居るだろうからと思って油断してたよ」


そう言って少しだけ申し訳なさそうに私を射抜く瞳は、初めてだ。
この人はいつだって、こちらをチラリとも見ない、知らない人の筈。


(あれ……?)


なんだか妙な動悸が走る。
血が頭に昇ってしまってなんだか熱い。
上手く、言葉が出てこない……


「えっと……」


なんでこの人が私に話しかけてるんだっけ?

混乱している私に彼は、クスリと、その瞳に少しいたずらな色を混ぜる。


「どんなお詫びをしてくれるのかな? 楽しみだな」


なんて、からかうみたいに。

バカみたいに上気してしまった私の頬。
それを認めてクスクスと更に笑った彼。

何してるんだ私。
恥ずかしい。

この人に謝罪をする為に待ってたのに……
本の世界に没頭して、頭のどこかに行ってしまってた……
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