LOVE SICK
「なあ、るう」


ガードレールに腰かける斎木さんは突然くるりと振り返った。


「だからいい加減にその呼び方……」

「あの男、やめとけよ」


未だに二人きりになると平然と男女の仲に持ち込もうとするこの人の呼びかけが嫌で、苦情を申し立てようとすれば、斎木さんは私の瞳をじっと見てそう言った。


「何を……」


これが、斎木さんのいつもの自信ありげな扇情的な瞳で、薄く微笑を浮かべながら言われたのならば私は『ああ。またか……』と呆れるだけだろう。

けれどそんなからかうつもりの表情では無く、思いのほかその瞳は真剣で……
私は思わず言葉に詰まってしまった。


「あいつ、子供いるって聞いたけど」

「……」


そして斎木さんは変わらぬ口調で淡々とそう言った。

言葉がでてこない。
どうしてこの人がそんな事を知ってるの……


「あいつさ、顔はいいから向こうの会社の女子社員には有名な話らしいぞ。離婚した時は女子社員の目の色が変わったって」


けれど私の疑問はあっさりと次の言葉で解消された。

有名な話、なのか。

それはそうか。
結婚すれば会社に報告をするし、子供が産まれれば大きい会社なら祝い金が出る。
離婚すれば扶養家族も変わるし社会保険も変わるから手続きだって必要だ。

彼の過去はそういう、公になっている事実だ。


私と祐さんの関係が他人も過去も介していないから、話をしなければお互いに何も知らないだけだ。

私が知っている彼は今の彼だけだ。
祐さんも、又同じ。

それを、普通はどうとらえるのだろう。
信用できない、浅い関係だととらえるのだろうか。
どこの馬の骨か分からないなんて慣用句だってあるくらい。
それが普通なのかもしれない。


けれどこの、しがらみやら常識やら一般やら、何かとがんじがらめな社会でお互いの心だけで繋がれるあの人との関係は、私にとっては何よりも信用できる繋がりの様な気がして愛おしくなった。
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