LOVE SICK
「お前さ」


酔っ払いか通り過ぎて随分と経ってから、斎木さんは小さく口を開いた。
ふざけてる声でもなければ、真面目な声というわけでもない。
よく分からないが心ここにあらずというか、考え事をしながらという感じだ。

なんだろうと思いながら私は斎木さんを見た。


「さっきの話、結婚したら仕事やめんの?」

「はい?」


さっきとはいつだろう。
ずっと記憶を辿っていけば……まだ飲んでる最中。いやもっと前。会社で田嶋くんの話をしている時だ。


「実際どうするつもりなんだよ」

「それは……」

「……」


どうしてこんなことを斎木さんに言わないといけないの。
そう思ったけれど、斎木さんの表情から、これが以前の恋人への問いかけではなく親しい部下に向けた言葉だと分かったから、私も真面目に少し考えた。


「……そうですね。相手のある事だから何とも言えないですけど……今と同じようにずっとっていうのは、正直考えてないです」

「ふーん……」

「その時がきたら、ちゃんと相談します」


斎木さんは溜息を吐いてまた月を仰いだ。


空にポツリと浮かんでいるのは薄い上弦の月。

ころころと夜毎姿を変える月は、斎木さんみたいだ。

不誠実だったり、真剣だったり、情熱的だったり、軽薄だったり、身勝手だったり、優しかったり……
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