LOVE SICK
「お前の方が向いてると思うんだけどな……」

「何が、です?」


考え事をしていた斎木さんは突然脈絡も無いことを言う。
何かそんな話をしただろうかと考えるけれど、今度は何も思いつかなかった。

斎木さんは、ニッと月と同じ形に口角を上げて私を見た。


「ん。次期チーフ候補」

「は?」


私が目を丸くすると満足気に微笑する。


「田嶋よりお前の方が締めるとこ締めるからな。でも田嶋の方が周囲に気が回るし。お前が上に立ってあいつがフォローに回ってくれてるといいコンビなんだよな」

「……」

「まあじゃあ、逆で考えておくか。田嶋の事フォローしてやれよ」


そう言って、また私から視線を逸らした。


私は、何も言えない。


ホント、ずるい人。



私は、この人に傷つけられて捨てられた。

それなのに、私はこの人が嫌いかと聞かれたら嫌いじゃない。

憎いと思ったこともある。
傷つけたいと思っていたこともある。

でも、祐さんを好きになって、この人への執着が無くなって。


……そうして残った感情は、嫌なものではなかった。


「なんかな、田嶋もお前も、もう単純に可愛い後輩でも無いよな」

「どういう意味です?」

「油断なんないって意味」


恋愛感情ではなくなった今、この人から言われて一番嬉しい言葉を何の気も無しに零す。

本当にずるい人。


最低な男なのに、嫌いになれないんだ……



「……私も田嶋くんも、支店長を裏切る気はありませんよ」


私の言葉に、斎木さんは私の方に顔を向けたけれど、何となく気恥ずかしい私は視線を逸らして月を見上げた。

男としては最低だと思う。
祐さんに出会えて、甘やかされ、大切にしてもらえる心地よさを知ってしまった私は二度とあんな恋はできないだろう。


でも私は、仕事人としてのこの人を裏切りたくはない。


月は、その姿を夜毎変えるから……だから人は夜空を見上げてしまうんだ。

だから、惹かれてしまうのかもしれない。
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