LOVE SICK
「あの……今朝は、すみませんでした……」

「いや? 気にしないでって言ったのに、律儀だな」


フワリと優しく目を細めた彼。
元々、私の毎朝の目の保養だった人。自分自身に向けられて、その表情が変化する様を見られるなんて。
謝罪をしなければいけない立場なのにうっかり見惚れてしまいそう。


「大事な商談や会議があったらどうしようって思うと……気が気じゃなくて……」

「そんなの今日は無かったし、一応管理職だからね。人から何か言われる立場じゃ無いから気にしないで」


そう言って私の目の前の席に腰掛けいつも通りブラックコーヒーに口を付けた彼のジャケットは、朝、私が汚してしまったそれとは違う。

確か、ライトグレーのジャケットだった筈。
今のブラックのストライプじゃなかった筈。


「けど……」


暫く彼の上着をじっと見て、それから思わず視線を落とした。


「ああ。これは会社に置いてあったんだよ。持って帰るの忘れてたから。ちょうどいい機会だったよ。ありがとう」


口にしなくても思ってる事が分かってしまうのは、人生経験の差だろうか。
彼は読心術でも心得ているのか。
それとも私は、そんなにも分かりやすいのだろうか。


「あの……クリーニング代で大丈夫ですか……? その……」


申し訳なくなって言葉が出なくなってしまう。


「そうだな……いらないって言っても君、引かなそうだしな」

「はい。引けません。心苦しいです。お願いします。請求してください」


ジッと見つめる私から、彼は少し困った様に目を背けた。

自分がすっきりしたいだけかもしれない。
けどこのままなんて、やっぱり嫌だ。


「そうだな……」


コーヒーカップがソーサーに置かれ、カチャンと音がする。
何故かその音に、妙に心が跳ねた。

商談中の結果待ちみたいだ……
何を言われるのか……妙に緊張する。


「じゃあ、今から食事でもどう?」

「……え?」


彼は片肘をテーブルについてその上に形のいい小ぶりの頭を載せて、私の瞳を覗き込みながら極上の笑顔を見せた。
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