LOVE SICK
このお店は本当は、こんなに沢山お酒を空ける様なお店じゃない。

全席個室の座敷で、手作りの豆腐料理を出す落ち着いた雰囲気のこの店は、きちんと食事を味わう為の店。
コース料理はそれなりの値段だけれど手が届かない最高級と迄はいかない。
時々接待の為に予約する、お詫びには打ってつけの一軒だった。

残念ながら彼も知っている店ではあったけれど、『この店好きなんだよね』と言って笑ってくれたから良しとした。
彼もこの界隈で働いている人なのだから知っているのも当然だろう。

そうして運ばれて来る料理にたわいも無い話をしながら舌鼓を打っていたところでふと気が付いた。
彼の飲酒のペースは結構早い。
酒に強いとか弱いとかの話になり始め、つい飲み比べみたいな事を始めてしまった。

今の所、私の独り相撲の様で、先方は未だ涼しい顔だ。


初めてこうして会話をする人なのに、特に身のある話をしているわけでも無い。
それでも話題に悩む事は特に無く、なんだか心地の良い人だ。

少し楽しくなってしまった。
いや。かなり楽しい。

迷惑を掛けた筈の私に終始笑顔の彼はとても優しい人だ。

その綺麗で優しい笑顔に、困った顔にさせてみたいだなんて。
優しい人だからって少し調子に乗ってしまいそうだ。
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