LOVE SICK
「……るう」


その瞬間。背後から響いた綺麗なバリトン。
その声に、無条件に頭の後ろにゾクリと痺れが走った。


この声は、危険だ。


こんな声に、名前を呼ばれたら堪ったもんじゃ無い。

私は簡単に理性を手放したくなる。

その端麗な容姿なんかよりもずっと、攻撃力が高い。


「……かしわ、ばらさん……?」


私は振り向いて、恐る恐る、多分初めて口にするその名前を口にする。
すぐに目に入るヒラリと手を振る彼はいつもとは違う席。


「どうして、禁煙席なんです?」


だから、見つからなかった。
見つけたその姿に妙な安心感が沸き上がった。

多分、見慣れたその姿を朝一番に見られない事は、一日のリズムが狂うみたいで嫌なんだ。
それだけ。

言いたい事があったのに、言えない事が嫌なんだ。
絶対にそれだけ。


「……反省して……禁煙でもしようかと思ったんだよ」


不機嫌な顔でそう零す彼は少しだけ子供の様だ。


「……じゃぁ、私も」


そう言って、彼が荷物を置いていた向かいの席を空けたから、そこに座って良いんだと解釈をして腰をおろした。


「それはいい事だ。女性の喫煙は良くないよ」


柏原さんはもっともらしく男女差別発言をして、子供を見るみたいに優しくその瞳を細める。


「差別じゃないよ。子供産むんだから」


今、どれだけ私の瞳は物を言ったんだろう。
的確に一字一句間違う事無く私の心の問いに答える人。

それから、なんて事無いかのようにブラックコーヒーを飲み出した彼に釣られて、私も自分のコーヒーに口を付けた。
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