LOVE SICK
「ごめんなさい!! あの……」

「いや。俺が鞄を足元に置いていたのも悪かったし、気にしないで」

「けど……」



気にしない訳がない。

一日を彼の様にそこそこ年齢のいった男性が染みのついたジャケットで過ごすなんてあり得ない。


「もうクールビズでも許される筈だから大丈夫だよ」


そう言ってジャケットを脱ごうとした彼。
けど彼は『参ったな』と確かに言った筈なのに……


「本当にごめんなさい。あの……せめてクリーニング代……」

「本当に大丈夫だから。気にしないで?」


少し小首を傾げる様に心配気な瞳を浮かべる彼は、どこ迄もその外見を裏切らない優しさで……少しだけキュンとしてしまったなんて、なんていう不謹慎さ。

だからと言って『じゃあ、すみませんでした。さようなら』なんてとてもじゃないけど言えるわけがない。


「気にします! お願いです。せめてクリーニング代請求して下さい。本当にごめんなさい」


引き下がらない私に対して彼は、少しだけ困った顔を浮かべる。


「けど本当に……それに君、もう時間が無いんじゃない?」

「え……あ!!」

「行った方がいいだろ?」


彼に促されて時計を見れば、ここを出る予定の時間はとっくに過ぎている。

立ち上がろうとした時、既に少し遅れていたんだから……当たり前だ。
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