LOVE SICK
「あ……けど、じゃあ、あの、後で……あの仕事、何時に終わるんですか!?」

「え?」

「お詫びをさせて下さい!! すみません! 仕事の後にここで待ってます!!」


驚いていた彼は、ふっとその表情を緩めた。


「本当に、もう行った方がいいよ」

「ごめんなさい! 本当に、時間無いので失礼しますけど……お願いします!」


時間が迫っていた。
これ以上ここにいたら本当に遅刻してしまう。

自分でも慌て過ぎて支離滅裂な事を言ってるのは分かっていた。


「本当に、待ってますから!」

「分かったよ。じゃあ、行ってらっしゃい。」


慌てる私にクスクスと楽しげに笑う男性の声が聞こえた。



お店を駆け足に飛び出して会社に向かう。


鞄は本革で、良く知る一流ブランドの刻印がさり気なく入っていた。
きっとあのスーツも高級品に違いない。

クリーニング代だってバカにならないだろう。


それ以上に、もし、今日何か大切な打ち合わせがあったら?


本当に、クリーニング代だなんかで済むと思えない。

クールビズだなんだなんて言ったって、やっぱり男性のスーツには今も社会人としての礼節が詰まっているなんていう考え方の人たちは多いのだから。



彼はいつだってジャケットとネクタイをしていた。

既にジャケットを羽織る男性なんて、少なくなってきた気候なのにも関わらず。

そういう、職場なのではないだろうか……


「本当に、朝から最低……」


さっき迄は完璧な一日の始まりだと思っていたのに……
今は打って変わって少しだけ、足取りが重い。


それなのに、ふと信号待ちで足を止めれば彼の声がリフレインをした。


(……いってらっしゃいなんて、久しぶりに言われたな……)


申し訳ない気持ちも間違いなくあるけれど、少しだけ、その言葉が嬉しかったなんて。


別れてから今更、そんな事を思った。
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