恋するオトコのクリスマス
志穂と付き合う前、それなりに彼女はいた。
後味の悪い別れを経験したこともある。だが、これほどまでに胸の痛い別れはなかった。

巽は身を切られるようで……息をするのも苦しい。
靴を脱ぐのも面倒になり、そのまま玄関の上り口に座り込む。

追いかけろよ――そう、心の中で自分にけしかける。

だが、足が動かないのだ。

追いかけて、パリ行きは辞めると言えばいい。志穂と別れてまで行くべきじゃないとわかっている。どうしても一緒にいて欲しいと言われたら、諦めるつもりでいた。


(追っても無駄だ。志穂は……行かないで、と言ってるんじゃない。幼なじみの延長線上にある恋愛ごっこじゃなくて、本当に好きな男ができた、そう言ってるんだ)


身の置き所のない苦しみに、巽が泣きそうになったとき、ふたたびドアが開いた。

驚いて見上げると、そこに泣きじゃくる志穂が立っている。


「志穂……おまえ、どうした? あの男に、何か言われ……」


立ち上がろうとした巽に向かって、志穂が飛びついてきた。慌てて支えるが、支えきれずに廊下に尻もちをついてしまう。 


「たっちゃん……ごめん、ごめんね」

「いや、俺が悪いんだ……俺が」

「違うの……このまま、黙って行かせてあげるべきってわかってるの。そうしたら、わたしのことなんて気にせず、好きなだけパティシエの修業ができるでしょう? でも、ごめんね……やっぱり、たっちゃんが好き」

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