水泳のお時間
「――覚えた?」


しばらくの間、瀬戸くんが教えてくれる足の動作を、何回も繰り返し頭に叩き込みながら


まるでそのタイミングを見計らっていたかのように

大きく鳴り響いた学校のチャイムを合図に、瀬戸くんが声をかけてきた。


その言葉に、わたしは前を向いたままコクンと頭を大きく上下に動かす。


「はい。覚え…ました」


そう言って、ようやく後ろを振り向き、まっすぐ目を見てもう一度うなずき返して見せたわたしに

瀬戸くんは優しく目を細めてくれたかと思うと、わたしの足首から手を離した。


「そう。それなら今度はその足で25m…泳いでみようか」

「あ、じゃあビート板…」


その瞬間、とっさにビート板を思い出し

取りに行こうと走り出そうとしたわたしの手を、瀬戸くんは即座に止めてしまった。


その手に驚いて後ろを振り返ったわたしに向かって

瀬戸くんは何も言わずただ首を左右にふってみせると、静かに微笑んだ。


「もうビート板は使わないよ」

「つ、使わない?えっ、じゃあ…」


それじゃあどうやって25mを…?

だけどわたし、しがみつくものが無いと今はまだ泳げない。

それに腕の動きだってまだちゃんと、教えてもらっていないのに…。


「桐谷は何を勘違いしてんの?いくら俺だって、桐谷にいきなり一人で25m泳がせたりなんて薄情な事、しないよ」

「えっ?」

「確かにビート板はもう使わない。でもその代わりならいくらだってあるから」


代わり?


瀬戸くんの言葉にポカンとするわたし。

するとそんな私の両手を、瀬戸くんはそっと器用にすくい上げたかと思うと

その手をギュッと優しく握りながらこう言った。


「こうやって」
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