水泳のお時間
「――じゃあ俺が少し前を歩いて引くから、桐谷はそのまま泳いで」

「はい」


そう言って素直にわたしが頷くと

瀬戸くんはわたしの両手を引きながら、ゆっくりと後ろ足で歩き始めた。


水中に腰が浮いて、瀬戸くんが歩くたびに進み始めるわたしの体…。


わたしはそんな瀬戸くんにしがみつくように、繋いだ手をギュッと握りながら、水中では足裏を必死に蹴り上げる。


「うん。だいぶさっきより上手くなった。足の蹴り方もさっき教えた通りに動いてる」

「ほ、ほんと、ですかっ…?」

「証拠に、まだ少しではあるけど、ちゃんと前に進んでるだろ?」


そう言って、瀬戸くんがわたしに後ろを向くよう顎を少しあげて促してみせた。


それを見てとっさに後ろを振り返ってみると、いつの間にかスタート地点は遠くなっていて


わたしは目を見開いた。


「もうこんなに進んで……!」

「気づかなかった?」


声をあげて驚くわたしに、瀬戸くんが微笑む。

そうしている間も、足は着実に目標地点へと進んで…。


…やっぱりほとんどは、瀬戸くんが手を引いて歩いてくれているから、そのおかげで進めているのだけれど。


それでも確かに進んでる。


少しずつ、自分の力で。


自分の、足で。
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