水泳のお時間
「返さないよ。そんなに大事な物なら、なおさら」

「お願い、返して。返してください…」

「まぁ俺と付き合うって言うなら、返してやってもいいけど?」


耳元に顔を近づけて囁かれた言葉に、わたしはとっさに目を見開く。

だけどすぐに力いっぱい首を横に振った。


「桐谷さんて意外と強情なんだな。押せばすぐ折れると思ったのに」

「…っ…」

「でも嫌がられると俺みたいなのは逆に燃えんだよね。ってかムカツク」

「ひゃっ…!」


その瞬間、小野くんがわたしの体を押した。


腕が机に当たって、大きな音を立てながら床に倒れ込んだわたしに

上から小野くんがゆっくりと近づいてくる。


「あの瀬戸がまだ手ぇ出してないなんてな。驚いたよ。俺ならそっこーやるけどね。絶好のチャンスじゃん」

「…っ…」

「つまり俺がこれから桐谷さんに何しようとしてるか、分かる?」


小野くんの顔が近づいてきて、わたしは泣きそうな顔をとっさに背けて唇をかみ締める。


早く

早く

行かなきゃ


屋上のプールで、待ってる

瀬戸くんが待ってる。


「桐谷さん」


その瞬間、小野くんの手が伸びてきて、わたしはとっさに目を押し瞑った。


「やっ……!」
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