水泳のお時間
「…桐谷が言ってた探し物は、そのこと?」

「……」


しばらくして瀬戸くんが口を開いた。


瀬戸くんの言葉に、わたしはコクンと頷き返す。


…あのゴーグルは、瀬戸くんが私に初めてくれた物。


それはわたしにとって、すごく大切で、

どんな物とも引き代えにする事はできないくらい、とてもかけがえの無いものだった。


だからゴーグルを無くしてしまったことは、本当にショックで、その事を瀬戸くんに打ち明けるのはすごく勇気がいる事だった。


だけど瀬戸くんにだけは、嘘をつきたくなかったから…。


「!」


瀬戸くんの返答を聞くのが怖くて、思わずギュッと目を押し瞑って堪えていたら、


その瞬間、突然瀬戸くんに腕を引き寄せられた。


驚いて目を開けたのもつかの間、瀬戸くんの大きな腕がわたしの体を優しく包み込む。


「瀬戸く…」

「ばかだな。俺のゴーグルなんて…代わりはいくらでもあるのに」

「!」

「それよりも桐谷が無事で良かった。それは何にも代えられない」


そう言って、瀬戸くんはわたしの体を、息が苦しくなるくらい、強く抱きしめてくれた。


そんな瀬戸くんに一瞬戸惑ったけれど、すぐにわたしも腕を伸ばし…

恐る恐る瀬戸くんに背中へ手を当ててみる。


そんな瀬戸くんの体はたくましくて、あったかくて…、すごく心が安心した。

瀬戸くんの体温を肌で感じながら、わたしは、静かに目を閉じる。


…瀬戸、くん。


さっきあなたが怖くて、今まで見たことが無いくらい、余裕のない表情に見えたのは、


それはこんな私の事を少し、ほんの少しでも心配してくれたからだって、そう思ってみてもいいですか…?


昨日まではずっと、傍に居ても瀬戸くんをどこか遠くに感じていたけれど


今は私、瀬戸くんの心に少しは近づくことが、出来たのかな…。
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