水泳のお時間
「とりあえず泳いでみてよ。それを見てどうするか考えるから」


小野くんはプールに飛びこむと、さっそくわたしの腕をつかみ、

スタート地点まで連れていった。


そこからふと、後ろのプールサイドをふりかえると、

ベンチに腰かけた瀬戸くんが見えて、心臓がドクンと音をたてる。


「おい」

「あっ、ご、ごめんなさ…」


だけどすぐに小野くんの怒ったような声が聞こえて、わたしはあわてて前を向きなおす。

そして自分に言い聞かせるように、ギュッと目をつぶった。


こんなんじゃだめ。ちゃんと集中しなきゃ…。


後ろにいる瀬戸くんの事が気にかかったけど、

それを振り切るように、わたしは勢いよく泳ぎだした。


なのに……


「…!」


少ししか泳いでいないのに、わたしの足はすぐに立ち止まってしまった。

あせって、何度も泳ぎ直そうとするけれど、またそのくり返し。


まだほんの数メートルも泳ぎきらないうちに、

すぐさま腰が沈んで、何度もプールの底に足をついてしまう。


今まであれほど瀬戸くんから基礎を教わって、覚えてきたはずなのに、

いざ一人で泳ぎだそうとすると、思うように体が動かなくて、頭が混乱してしまった。


うそ、どうして……?


「へーえ。桐谷さんて、まじで泳げないんだ。つーか、瀬戸に今まで教わってきたんじゃねーの?」

「……っ」

「そんな顔すんなって。徹底して教えてやるから。俺、教えんのうまいし」


小野くんは自慢げにそう言って、さっきのスタート地点までわたしを連れ戻すと、

その手でプールのふちを握らせた。


そこから、おそるおそる顔をあげると、視線の先には…瀬戸くん。


いやな予感がして、思わず振り向いたわたしに、後ろにいた小野くんが耳元でささやいた。


「瀬戸に見えるように、ここで教えてやるよ」
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